「薫風歌舞伎特別公演」は、大阪の魅力を国内外に発信し、多くの人に大阪を訪れてもらうことを目的とした「大阪来てな!キャンペーン」の一環として、大阪・関西万博の開催を記念し、企画された特別な歌舞伎公演です。
キャンペーン大使である片岡愛之助をはじめ、東西から人気歌舞伎俳優が出演し、伝統と華やかさあふれる舞台を通じて、大阪から世界へ歌舞伎の魅力を発信します。
5月11日(日)〜5月25日(日)の期間中、大阪松竹座にて開催される本公演。
新緑の薫りが漂う5月11日、会場に熱気が満ちる中、初日の幕が上がった迫力あふれる本公演から、全三部のレポートをお届けいたします。
① 今昔歌舞伎草紙(こんじゃくかぶきぞうし)
② 脈々奇書異聞 夢窓西遊記(みゃくみゃくきしょいぶん むそうさいゆうき)
第一部の『今昔歌舞伎草紙』は、日本の伝統芸能『歌舞伎』のエッセンスをダイナミックに表現した新作舞踊です。
市川青虎による口上から幕が開き、歌舞伎の発祥とされる出雲の阿国一座によって始められた“歌舞伎踊り”を、日本舞踊家たちが披露します。
扇を使った繊細な動きや演者の豊かな表情が随所に見られ、舞踊の美しさを存分に堪能できるだけでなく、演者が客席まで出てくる場面もあり、観客自身も舞台の一部になったようなワクワク感を味わえるのも大きな魅力です。
続く、“上方歌舞伎”では、伊左衛門(中村扇雀)と夕霧(中村壱太郎)による『廓文章 吉田屋』の一場面を披露します。
上方歌舞伎ならではの、おかしみある掛け合いは愛らしさやユーモアを楽しむことができます。
さらに舞台が転換すると、世界観は“江戸歌舞伎”へと一転。中村鴈治郎、片岡愛之助、市川中車が獅子の姿となった鳶頭を勤め、幕切れに披露する豪快な毛振りは、まさに圧巻のパフォーマンスで観客を魅了します。
終演に進むにつれて会場全体の拍手がどんどん大きくなり、客席と舞台が一体となる高揚感に包まれました。
歌舞伎の歴史や代表的な演目を、華やかで迫力ある舞踊として楽しめる本作は、見応えある一幕となっています。
続く、『脈々奇書異聞 夢窓西遊記』は、日本でも広く知られる『西遊記』の世界を、安土桃山時代の日本に置き換えた新作歌舞伎です。
物語は、孫悟空(中村橋之助)が太閤として大坂に現れるという大胆な設定から始まります。
大坂城の城主となった孫悟空は、この世を魔界に変えようと企む大天狗(市川笑三郎)と茶々姫実は九尾の狐(市川笑也)に操られてしまいます。
猪八戒(中村福之助)、沙悟浄(中村歌之助)は孫悟空を連れ帰ろうと日本古来の産土神たちと協力し、孫悟空らと戦います。
緊箍児(きんこじ)や如意棒、筋斗雲など、『西遊記』ならではの道具も随所で活躍し、原作の魅力を活かしつつ、歌舞伎ならではの演出や大阪・関西万博にちなんだ脈々丸(中村亀鶴)が登場するなど、特別公演ならではの構成と豪華な俳優陣で会場は大いに盛り上がります。
物語はスピード感あふれる展開で進み、舞台上では演者が高く飛び跳ねるなど動きのダイナミックさ、登場人物同士の掛け合いのテンポ感も心地良く、客席への声かけなどで、最後まで楽しませてくれます。
まさにミャクミャクと続く伝統と新しさが掛け合わされた、『脈々奇書異聞 夢窓西遊記』ならではのエネルギッシュな舞台となりました。
『今昔歌舞伎草紙』
出雲の阿国一座(いずものおくにいちざ)
安土桃山時代に京で「かぶき踊り」を演じた『出雲の阿国』と、その一座のことです。
歌舞伎踊り(かぶきおどり)
『出雲の阿国』が始めたとされる、日本の伝統芸能『歌舞伎』の原点となる踊りです。
上方歌舞伎(かみがたかぶき)
大坂や京都を中心とした関西地方で発展した歌舞伎。人情味あふれる内容が特徴です。
江戸歌舞伎(えどかぶき)
江戸(現在の東京)で発展した歌舞伎。派手な立廻りや豪快で力強い演出が特徴です。
鳶頭(とびがしら)
江戸の火消しで粋でいなせな江戸歌舞伎の象徴です。
毛振り(けぶり)
長い毛を大きく振る動作。ダイナミックで迫力ある見せ場として観客を魅了します。
幕切れ(まくぎれ)
芝居や演目の終わり、クライマックスの場面。物語の締めくくりや大団円を指す言葉です。
太閤(たいこう)
関白(天皇を補佐する最高位の官職)を退いた人への尊称です。
産土神(うぶすながみ)
生まれた土地や地域を守る日本古来の神様。その土地に住む人々や場所を見守る守護神です。
緊箍児(きんこじ)
『西遊記』で孫悟空の頭にはめられる金属製の輪。三蔵法師がお経を唱えることで締め付け、悟空を従わせるための道具です。
千夜一夜譚 荒神之巻(せんやいちやものがたり あらじんのまき)
第二部の『千夜一夜譚 荒神之巻』は、三世紀から五世紀のササン朝ペルシャ時代に生まれた説話集をもとにしています。
ペルシャ王の妻が毎夜、王に物語を語り聞かせる形式で進み、千日目の夜に、王を退屈させなければ謀反の罪を着せられた弟が解放されるという緊迫した状況から幕が上がります。
王妃が語るのは、日本でも特に人気の『アラジンと魔法のランプ』。
本公演では、この物語を中国を舞台に大胆に再構成した新作歌舞伎として上演します。
安羅仁(あらじん:中村虎之介)と茉莉花姫(まりかひめ:中村壱太郎)の運命的な恋物語から、洋燈の魔神たち(中村鴈治郎)・(市川猿弥)や指輪の精(市川笑三郎)が登場し、軽妙な掛け合いで会場の笑いを誘います。
また、安羅仁と茉莉花姫を追う従者たちが客席の中を走り回る演出もあり、観客自身も『千夜一夜譚』の一員になったかのような没入感を味わうことができます。
さらに、大人数による立廻りや舞台装置の場面転換がダイナミックで、場面ごとに大きく世界観が変化するだけでなく、煙や火を使った演出など、見逃せないポイントが数多く盛り込まれています。
なかでも、安羅仁の伯父を騙った妖術使いの摩拘吏部(まくりぶ:市川中車)登場の場面は必見。
まさに本物の妖術使いさながらの予想のつかない神出鬼没さで観客を魅了しました。
最後には、キラキラと紙吹雪が舞う中、魔法の絨毯に乗った安羅仁と茉莉花姫が夜を駆けていく壮大な物語のラストとなり、会場からは大きな拍手が送られました。
『千夜一夜譚』
洋燈(ようとう)
日本語で『ランプ』や『ランタン』を意味します。
花道(はなみち)
歌舞伎独特の舞台装置。客席の中を通って舞台とつながる通路状の部分で役者が登場・退場したり、スッポンから登場するなど重要な演出スペースです。
スッポン
花道(はなみち)の途中にあるセリ(昇降装置)のこと。突然現れたり消えたりする演出で使われます。
面明り(つらあかり)
舞台照明の一種で、役者を明るく照らすための照明。観客が役者の表情をしっかり見られるように正面から当てるライトです。
湧昇水鯉滝 鯉つかみ(わきのぼるみずにこいたき こいつかみ)
第三部の『湧昇水鯉滝』(通称『鯉つかみ』)は、大正時代に初演されて以来、人気を博し、親しまれてきた作品です。
物語は、大百足退治から始まり、それを成し遂げる俵秀郷、鯉の皇子(金鯉)、悪役の余呉左衛門、奴瀬田平や女方(釣家奥方 漣)など、片岡愛之助が次々と十一役もの異なる役柄を演じ分ける早替りが大きな見どころとなっています。
愛之助の巧みな演じ分けや宙乗り、舞台仕掛けはまるで手品のようで、時には観客にも見破れないほどの達人芸に、客席からは大きな拍手と歓声が沸き起こります。
二幕目では宝刀『龍神丸』を巡る陰謀や人間模様も描かれ、ドラマチックなストーリーが展開されます。
クライマックスの『琵琶湖中鯉退治の場』では、湖を模した大きな水槽に愛之助が宙返りで飛び込み、本物の水を使った迫力ある立廻りを披露。
大量の水しぶきが客席中央まで届くほどで、客席には防水シートが配られる想像を遥かに超える演出に、会場全体が大いに盛り上がりました。
さらに、大阪・関西万博の公式キャラクター・ミャクミャクのモチーフも登場し、物語に親しみやユーモアを添えている点も見逃せません。
伝統と革新が融合した『鯉つかみ』は、その圧倒的な迫力と多彩な見どころで観客を魅了し、新緑の薫りが漂う春の歌舞伎公演ならではの興奮に包まれました。
今回、『今昔歌舞伎草紙』、『脈々奇書異聞 夢窓西遊記』、『千夜一夜譚』、『湧昇水鯉滝 鯉つかみ』の四つの演目を通じて、歌舞伎が持つ力強さ、多様なエンターテインメントとしての可能性、そして大阪・関西万博開催記念『薫風歌舞伎特別公演』ならではの熱気にあふれた舞台が披露されました。
万博公式キャラクター・ミャクミャクが象徴するように、歌舞伎もまた脈々と受け継がれてきた日本の伝統文化の一つです。
この公演をきっかけに、まだ歌舞伎を観たことがない方も、海外から訪れる方も、より多くの方々に歌舞伎の魅力や奥深さを知っていただけることが期待されます。